1月29日「パリの神様」パリ
 
 朝、書籍小包を郵便局に出しながら、昨夜勝川さんが見つけた本屋に行ってみる。店内に螺旋階段があり、それを登って行くとコミック本の階があった。驚いた事に一冊一冊ビニール袋に入れられているので、みんな美本ばかりだ。しかも値段が安く、種類も豊富と来ている。こりゃ凄い!こんな本屋があったなんて知らなかった。まさに穴場だね。嬉しいことにメビウスの新刊や知らない本も見つける。こりゃラッキー♪
 
 思い掛けない発見や事件の続いた今回のフランス珍道中も、とうとうクライマックスを迎える。何と言っても今日はいよいよメビウスいやジャン・ジロー=メビウス先生のアトリエを訪れるのだから大変だ。
 
  メビウス先生は言わずと知れたフランスBD(コミック)の神様だ。世界の漫画界に直接的間接的に多大の影響を与え(一般にはあまり知られてはいないけれど、特に日本の漫画界やジャパニメーションには絶大な影響を与えている)、「砂の惑星」「トロン」「エイリアン」「ウィロー」「アビス」「フィフス・エレメント」等エポックメイキングなSF映画に革新的なイメージを提供し、映画のビジョンを決定づけた。もちろんスターウォーズだって、直接関わっていないものの、彼の影響が色濃く出ている。ジョージ・ルーカスもメビウスのイマジネーションの素晴らしさを賞賛する。メビウスこそフレンチ・コミックの至宝。いや、世界の漫画家をリードするマスター・ヨーダと言える。
 
 10時半にジョフ・ダロウ君がホテルにやって来て、我々を連れてモンパルナスに向かった。駅からしばらく歩いて、とあるマンションの前でダロウ君が立ち止まった。「ここがメビウスのブティックだよ。」しかしダロウ君が指さすお店はあいにく閉まっていた。ううむ、残念!どんな物を売っているのか、凄く気になるなぁ。
 
 そのマンションの古いエレベーターに乗り込み、某階で降りる。玄関のベルを鳴らすが誰も返事がない。店も閉まっていたし、もしや留守では?と不安が過ぎる。すると急にドアが開いて、いきなりメビウス先生本人が現れた。おおっ、生メビウスだ!「こんにちわ。」「よくいらっしゃいました。」と握手して感激の再会となる。早速テーブルを囲んで歓談を始めた。と言っても、私はフランス語が喋れないし、英語もかなり貧弱だ。まぁ身振り手振りで何とか話す。
 
 今日はメビウス先生の機嫌がすこぶる良さそうだ。昨夜某所で音楽と絵画のセッションという初めてのパーフォーマンスをやった事は知っていたが、本人もまだ興奮が冷め止まらないようだ。それに、フランス大統領から作品をせがまれ、色々本を送って喜ばれたそうだ。
 
 ダロウ君とはハリウッドの映画事情について話をしていた。メビウス先生は、ハリウッドがネタ不足でコミックの映画化に走っているけれど、コミックの内容を大きくねじ曲げて、その作品本来の面白さを失わせていることを大いに嘆いていた。例に挙げたのが「ロード・トゥ・パーディション」(日本では原作がグラフィック・ノベルと紹介されていますが、これもコミックなのです)と「ゴースト・ワールド」。原作コミックを読んでいないので判らないけれど、話を聞くと面白そうだなぁ。
 
 その後撮影現場の事などあれやこれやと話した後に描きかけの「ブルーベリー」の生原稿を見せてくれた。おおっ!簡単な下書きの上に、何でこんな精巧なペン入れが出来るんだ!?さすが神業!老いても尚、未だに「ブルーベリー」を連載し続けているメビウス先生には本当に頭が下がるなぁ。
 
 その後買ったばかりのメビウス先生の本にサインをしてもらい、ついでに新しい「アンカル」のポスター(リトグラフ?)まで頂いてしまった。メビウス先生本当に有り難うございました。メビウス先生も相変わらず気さくだし、カラーリング担当のイザベルさんも美人だし、いやぁ本当に良かった♪良かった♪
 
 メビウス先生のアトリエを後にして、直ぐ近くのレストランでランチを食べる。モン・サン・ミッシェルの後遺症で、オムレットとカフェオレを注文する。フランスのカフェ(エスプレッソ)は濃厚なので、カフェオレくらいが私には丁度良い。
 
 腹ごしらえをしたところで次の目的地に出発する。なにしろ明日はパリを発つから、今日中に行ける所は行っておかなければならない。再び地下鉄に乗り、今度は北駅に向かう。北駅と言えばダロウ君の家の近くだが、今日訪れるのは「デルクール」という出版社だ。この会社には過去に二度訪れたことがあるけれど、毎回場所が変わっている。最初は小さな会社だったが、行く度に大きくなって来ているのがなかなか頼もしい。
 
 「デルクール」に行くと、いきなり社長のデルクールさんが出て来た。これからランチに出掛けるところらしい。受付でチェリー・ロバンを呼び出すと、彼の奥さんが現れた。実は彼女はこの出版社で働いているのだ。しばらくするとチェリーも現れて、ここでダロウ君と案内役をバトンタッチする。ダロウ君また日本で会おうね。
 
 チェリー君達はこれからランチだというので、一緒に近くのレストランへ行くことにする。するとそのレストランで再びデルクールさんに会った。我々は既に昼を食べてしまっているから、デザートとカフェオレをご馳走になる。
 
 ランチが終わって、いよいよデルクール社へ。前は「ヴォーグ」というレコード会社が入っていた建物らしいが、ファッション雑誌の「VOGUE」と関係はないようだ。とにかくパリらしく洒落た内装の仕事場だ。出版社とはとても思えない。まずは社長のデルクールさんに挨拶して社内を見学させてもらう。
 
 
成る程、編集作業は完全デジタル化している。原稿も作家によって大きさがバラバラで、画材もタッチもコマの組み方も本人の好きなように描いているのが、日本の漫画とは大違いだ。どんな原稿だろうとデジタル編集だからちゃんと本にまとめられる。出版社が作家に規格を押しつけるのではなく、作家の自由な創作を尊重する姿勢がいかにもフランスらしい。というか、欧州のコミックは元々こういう作り方をしているけれど。
 
 デルクールは「パヴィロン・ルージュ」という雑誌を発行しているけれど、その編集長にも会う。社内を一通り廻って行くと、スタッフの人達がみんな親切に応対してくれる。若い会社ということもあって、とても感じの良い出版社だ。ここで出版している作家達もなかなか良い作家が揃っている。これから出版する予定の本の生原稿を見せてもらったら、かなり有望な作家が沢山控えていた。一時新人不足で冷え込んだかに見えたBD業界も、この分なら将来が明るいだろう。 

 今は日本の漫画がブームなので、デルクール社でも日本の漫画本も沢山出版している。勝川さんの絵も、社長に気に入られたので、出版してもらえるかも知れない。思惑通り、勝川克志ヨーロッパ進出計画も順調だ。あとは勝川さんがちゃんと仕事をするかだが、それが最大の問題だ。
 
 社内を廻っていて、あちこちに裸の写真が飾ってあるのが気になった。何かと聞いてみたら、なんと今年のカレンダーの写真だそうだ。しかもモデルは皆作家達だって!?こりゃビックリ!写真をお見せ出来ないのが残念ですが、さすがフランス。やることが斬新だね。
 
 地下の在庫室に行ったら、チェリーがどれでも好きな本を持って行って良いよと言う。いや、しかし、ここに来るまでに既に本を何冊ももらっているけど、その上まだもらって良いのかい?と言いつつも、チェリーのお薦めの本をどんどん選ぶ。ぐへぇ、荷物がまたまた増えてしまった。
 
 本を一杯抱えて帰ろうとすると、チェリーが家に来ないかと誘う。聞けば、家族が家で夕食の支度をして待っているらしい。今回の旅行では予定外の事態が続発しているので、もはや急な予定変更なんか慣れっこだ。明日は帰国だし、最後の締めにフランスの家庭料理を満喫するのも悪くないぞ。というわけで、急遽チェリーの家にお邪魔することになった。
 
 北駅からRERの二階建ての通勤列車に乗ってパリ郊外に向かう。駅の間隔からいって、横須賀線みたいな感じだろうか。目的の駅に着くと、チェリーが「さあこれから4㎞歩くぞ!」と言う。ゲゲッ!この荷物を持ったままそんなに歩けないぞ。と思ったら、もう着いた。なんとチェリーの家は駅の目の前じゃないか!
 
 家に入ると、チェリーの両親や子供達に出迎えられて、早速仕事部屋へ行ってみる。壁紙を取り替えるために剥がしたところだそうだが、壁には「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー3」の大きな中国版ポスターが貼ってあったり、本棚が埋め尽くしているので気にならない。日本のコミック本も結構ある。パソコン機材も揃っていて、画材のデジタル化も進んでいるようだ。
 
 原稿を見せてもらったら、意外な道具(秘密)を使っていたのでビックリ。あれでこのタッチが出るとは思わなかったなぁ。モニターの画面を覗くと、現在製作中のホームページの試作があった。絵も沢山あって、とっても面白いサイトになりそうだ。完成したらリンクを張るからね。私のサイトも見ているそうなので、負けないようにそろそろリニューアルする必要がありそうだね。
 
 その後仕事から帰って来た奥さんも加わり、一家と夕食を共にする。とっておきのワインも開けてもらい、楽しい一時を味わう。さすがに疲れが溜まっていた私は、ワインも手伝ってついつい眠りこけてしまう。夜も更けたし、デルクール社でもらった本をこれから荷造りするのは大変なので、チェリー君に頼んで郵送してもらうことにした。安心したところで、我々はみんなとお別れして、タクシーでホテルに帰った。チェリー君今日はどうも有り難う♪さぁ、明日はいよいよ帰国だ。