第二章 朝日楼の少女

隣の席に転校してきた小原和子だけど、クラスの女子たちとは雰囲気が違っているんだ。雪のように真っ白な肌に、ほんのり赤く染まった頬、海苔のように真っ黒なおかっぱ頭といい、まるで日本人形のようだ。それに、だれとも話そうとしないで、休み時間も、ただだまって座っているだけなんだ。
それで、教室のだれかが、まるで座敷童子のようだなんて言い出した。座敷童子というのは東北地方の古い民家にでるという、子供の妖怪なのだそうだけど、ボクもなんとなく納得してしまった。
ぼくらの間では、友達の名前を呼ぶ時に、名字か名前に「ちゃん」をつけて呼ぶのが普通だ。だから愛称で呼ぶことは、よほどの人気者でない限り、めったにないことなんだ。
彼女が「ワラシ」と呼ばれてどう思っているのかは、なにしろ本人が何も言わないのでよくわからない。でも、そう呼ばれても何も文句を言わないということは、本人もまんざらでないと思っているのかもしれない。それで、いつの間にか小原和子はみんなから「ワラシ」と呼ばれるようになったんだ。

小学校の教室では、横長の机に二人一組で座っていた。そんな肘がぶつかりそうな隣の女子が気にならないわけがない。だけど、ボクはあえて自分から話しかけようとはしなかった。
だって、下手に女子に話しかけようものなら、すぐ黒板に二人の名前が並んだ相合い傘をラクガキされるに決まっている。
それにワラシの方も、相変わらず誰とも話そうとはしなかった。それで、結局ボクらはその日、一度も話すことはなかったんだ。
ところが学校からの帰り道、いつものように台場横町の坂を上っていると、後ろからペタ♪ペタ♪と足音が聞こえてきた。なんだろうと後ろを振り向くと、ワラシだった。靴が足に合わないのか、まるでスリッパのような音を立てている。
台場交番を左に曲がっても、まだ足音が続いた。しかも、いつまでたっても足音が聞こえる。まるでボクの後をつけているかのようだ。そう思うと急にボクは怖くなって、歩く足を速めた。まるで競歩のような早足で歩いていると、さすがに足音は遠のいてゆき、聖跡公園の入り口あたりまで来ると、まったく聞こえなくなった。
ようやく家にたどり着いてホッとしたけど、店の横にある勝手口のドアに手をかけた時、再びあの足音が聞こえてきたんだ。ギョッとして、表通りの方を見てみると、おかっぱ頭の後ろ姿が目に入った。
なんと、商店街の通りを挟んだ真向かいにある、古い屋敷に入って行くじゃないか!思わず、ボクは固まった。
ボクの家の真向かいに、商店街には似つかわしくない屋敷がそびえていた。木造三階建てのその屋敷は、元は「朝日楼」という貸座敷だったそうだ。「貸座敷」って、座敷を貸す所かと思ったら、シゲオさんの話では、女の人が大勢いて、お客をもてなす場所なんだって。でも、とにかく不思議な形をした建物なんだ。
本来の形は知らないけれど、なぜか、正面玄関の左側だけ一階部分が前に突き出ていて、そこはスポーツ品店をやっていた。右側の前には小さな一軒家が別に建っていたけど、そこはまだ空き家だった。建物の左側にある狭い路地を奥に進むと、右側に立派な裏門があり、その裏門をくぐると広い中庭があって、それを取り囲むように建物が建っていた。
正面玄関の引き戸は、日中はいつも開かれたままになっていたけど、中は真っ暗で、まるで口を大きく広げて、獲物が来るのを待ち受けているかのようなんだ。それがなにしろ不気味で、近所の子供たちは、あえてこの建物に近づこうとはしなかった。
それでも、二階部分に並んだ窓には時々衣服が干してあったし、夜になると明かりも灯ったので、誰かが住んでいるだろうということはわかっていた。だけど、三階部分の窓はどれも固く閉ざされていて明かりが灯ることもなかった。
そんなことから、いつしかこの屋敷の三階に、昔この貸座敷で死んだ女の幽霊が住み憑いているという噂が流れるようになった。そして、夕刻になると時折、下を通る子供をもの惜しげに窓から覗いているという、まことしやかな目撃談まで出て、付近の子供たちを大いに震え上がらせていたんだ。

それにしても、隣の席にやってきたワラシの家が、よりによってボクの真向かいだったとは驚きだ。いや、これは偶然なんかじゃない。もしかしたら、ワラシの正体は、あの屋敷にでる幽霊の娘じゃないかと変な想像をして、ボクは思わず震え上がった。
こうしておかしな想像が膨らんでいく一方で、相変わらず口を閉ざしているワラシのことも気になってきた。
確か、最初に会ったとき、「よろしくね」と言っていたから、話せないわけではなだろう。でも、このまま話さないでいたら、ますます妖怪みたいに思われてしまうに違いない。
それで、次の日ボクは思いきってきいてみたんだ。
「ワラシ、なんで誰とも話そうとしないんだ?」
すると、ワラシがうつむきながら、絞り出すような声で言ったんだ。

「んだども、わだし訛ってらだべ?」
ボクはハッとした。そうか。それで、話さなかったんだ。
「でも、話さなきゃだめだよ。話していれば、自然となおると思うよ」
自分でも不思議なくらい、スラスラと言った。でも、しまったと思った。こりゃ、間違いなく相合い傘を描かれてしまうだろうな。
案の定、次の日学校に行くと、黒板にボクとワラシの相合い傘が描かれていた。でも、意外とボクは平気だった。だって、それからワラシはクラスの女子たちと少しずつ話すようになったんだ。おかげで、女子たちの噂話から、ワラシのことがだんだんわかってきた。それによると、ワラシは岩手からお父さんとふたりだけで東京に来たらしく、ワラシのお母さんは、小さい頃に病気で亡くなったんだそうだ。
ワラシの意外な身の上がわかってきて、ボクも彼女にはとっても同情した。でもやっぱり、相変わらずワラシにはあまり話しかけなかったんだ。それはきっと、ワラシがあの屋敷に住んでいたせいかもしれないし、正直それほどまでに、ボクはあの屋敷が怖かったんだ。
ところが、何週間かすぎた頃、突然ワラシが学校を休み始めたんだ。1日、2日がすぎて、もう一週間も学校に来ていない。これには、さすがにボクも思い悩んだ。転校して来たばかりで友達もいなく寂しかっただろうに、勝手な思いこみから、隣のボクが話しかけないものだから、学校がイヤになってしまったのかもしれない?そう思うと、どうにも責任を感じてしまうんだ。
するとホームルームの時間、先生が遠足のガリ版刷りを配りながら、急にボクの名前を呼んだ。
「田守クンは小原さんの家の近くだったね?」
「近くっていうか、すぐ前の家です」
「そうか。じゃあ、これを小原さんに届けてくれないか?」ガリ版刷りを茶色の封筒に入れながら、先生が言った。「小原さんは風邪を引いて寝込んでいるそうなんだ」
「はい…」
ああ、風邪なんだと、ワラシが学校を休んだ原因が自分でないことにホッとしたせいか、ボクは思わず気がゆるんでそう返事した。だけども、先生から封筒を受け取って、すぐにボクはしまったと思った。この封筒をワラシに届けに行くということは、あの屋敷にはいらなければならないじゃないか。
封筒を見ると、表に小さく鉛筆でワラシの住所と部屋番号が走り書きしてあった。確かに例の屋敷の住所だけど、部屋番号が書いてあるから、アパートになっているらしい。
その日の放課後、封筒をにぎりしめながら下校するボクの足取りは、いつになく重かった。普段なら、家が近づくにしたがって足取りも軽くなるのに、今日ばかりはどんどん重くなっていく。そして、屋敷の前まで来ると、足が完全に止まった。さあ、どうしよう?
しばらく玄関の前で立ち止まっていると、向かいの玉晶堂から店員のシゲオさんが声をかけてきた。
「イサオくん、そんなところで何してるんだい?」
そうだった。ここに立っていたら、店から丸見えなんだっけ。
ボクは急に気まずくなって、何も言わずに玄関をくぐった。
中にはいると、天井にわずかな電灯があるだけで、相変わらず薄暗かった。正面には段差があって、それを上がった板の間の右側に大きな階段があった。正面には奥へと続く廊下があり、廊下の右側には障子戸が並んでいて、左側の手前には中庭を望む窓と流しのような物があった。
玄関の右手に下駄箱があったので、ボクが段差の所で靴を脱ごうと座っていると、ちょうど後から、男の人が入ってきた。そして、なんと土足のまま板の間に上がり込み、そのままドタドタと階段を上っていったじゃないか。
てっきり靴を脱ぐのかと思ったら、土足のままで上がって良いんだ。
そう思ったボクは、男の人にならって、土足のまま板の間に上ることにした。封筒を見ると、「二〇六」と書いてあるので、ワラシの部屋は二階らしい。
そこで、男の人の後を追うように階段を上り始めたけれど、かなり古い作りらしく、階段を一段踏むごとにギシッ!ギシッ!と板がしなって、ちょっと怖かった。階段を上っていくと、途中に踊り場があって、そこから二またに分かれていた。
なんとか二階にたどり着くと、右と左の前後に廊下がのびていて、なんだか迷路みたいだった。階段はまだ上へと続いていたけれど、ともかくワラシの部屋を探そう。
それにしても、それぞれの部屋の入り口が障子戸というのは、どういうことだろう?。貸座敷だった時の名残なんだろうけど、これじゃ部屋に鍵をかけることもできないどころか、簡単にあけられちゃうじゃないか。普通のアパートを想像していたので、これには本当に驚いた。
ようやく「二〇六」の部屋を見つけると、障子戸の前にワラシの赤い運動靴がふたつ並んでいた。ここで間違いない。
でも、いざ名前を呼ぼうとしたところで、ちょっと戸惑ってしまった。教室で同じ机に座っているのに、なにしろ今まで一度も名前で呼んだことがなかったんだ。
ふつうに「小原さん」と呼んでも、「和子ちゃん」と呼んでも、なんか変だ。それで、思わず「ワラシちゃん!」と呼んでしまった。
ちょっと間があって、障子越しにガラガラと変な笑い声が聞こえてきた。まるでお婆さんみたいなシワガレ声だ。それも、不気味に響きわたる大声だった。
すると、部屋の中に明かりが灯って、障子に人影が映し出された。
でも、なんだかおかしい。顔が異様に大きいんだ。
「ひぇ~~っ!」

ボクは思わず悲鳴を上げた。そして封筒を放り投げると、そのまま一目散に逃げ出した。

廊下を走り抜け、飛ぶように階段を降りて、玄関の外に出た。正面を見ると、通りの向こうの店先で、シゲオさんがこっちを見て笑っていた。
夕焼け空がまぶしかった。ともかく、暗い地獄の底から生きて帰ってきたようで、ホッとした。
すると、背後から再び笑い声が聞こえてきた。ワラシの声かと思って見上げると、三階の窓に人影が見えた。
「ひぇえ~~っ!」
そんなことがあってから数日後、久しぶりにワラシが学校にやってきた。なんでも「おたふく風邪」にかかっていたそうだ。
ボクは勇気を出して、あの不気味な声や障子に映った影のことをワラシに尋ねてみた。
すると、ワラシは「風邪でシワガレ声になってだし、顔に氷嚢を当ででだがら、大ぎぐ見えだのでゃーねぁーだべが」と言って、ケラケラ笑った。
「それじゃあ、三階の窓に見えた人影はいったいだれなんだい?」
ボクがきくと、ワラシが首を傾げた。
「変だべ。あそごは大塚製作所の社宅だげど、人は二階までしか住んでいねぁーし、三階はガラガラで誰もいねぁーよ」
「で、でも、確かに見たんだ!」
ボクがムキになると、ワラシが何を思ったのか、急に表情を変えた。
「もしかしたら、幽霊がもしれねぁーね」
「そ、そうだろ?ボクもそう思うんだ」
「んだ、きっとそうだべ。そうに違いねぁー」
ワラシの顔は、怖がっているというよりは、喜んでいるようだった。
「おい、幽霊だぞ」ボクは戸惑った。「なにがそんなに、嬉しいんだ?」
「だって…」ワラシがニッコリ笑った。「病気のわだしを、母っちゃんが見守っでぐれだんだべ」
「えっ……?」ボクは目を丸くしたまま、それ以上何も言えなかった。
ワラシはやっぱり、幽霊の娘だったんだ。

注)これは事実を元に脚色を加えた物語です。なるべく当時を再現するよう努めましたが、なにぶん昔のことですので記憶違いや思い込みもあるでしょうし、記憶も断片的ですので、時間や場所など事実と異なる点もあるかと思います。また、プライバシーを考慮して、登場人物や人名などはあえて変えてあります。
【お台場少年うんちく集】

(4)「貸座敷」って、なに?

「貸座敷」とは遊女がいる「遊女屋(女郎屋)」のことです。江戸では吉原などに、障壁や堀で囲われた区画に遊女屋を集めた、幕府公認の「遊郭」がありましたが、品川など宿場町には「飯盛女」と呼ばれる遊女が旅籠に居住している「飯盛旅籠」があって、街道沿いに軒を並べた「岡場所」とよばれる幕府非公認の遊郭がありました。
その後、明治時代に娼妓解放令(しょうぎかいほうれい)(1872年)が発令され遊女屋への風当たりが強くなると、遊女屋は「貸座敷」と名を変えて存続し続けました。品川の旧街道沿いには50軒以上の貸座敷があって、まだかなりの盛況でした。しかし、戦後に実施された公娼廃止指令(1946年)や後の売春防止法(1958年)によって衰退の一途をたどり、その姿を完全に消しました。

(5)品川宿とは、どんな宿?

品川宿は東海道五十三次の第一番目の宿駅で、江戸日本橋に最も近い五街道の宿である、奥州・日光道の千住宿、中山道の板橋宿、甲州道の内藤新宿と並ぶ江戸四宿のひとつです。品川宿は三宿に分かれていて、旧街道沿いに現在の八ツ山橋から法善寺あたりまでを「歩行新宿(かちしんしゅく)」、そこから目黒川までを「北品川宿」、目黒川から青物横丁あたりまでを「南品川宿」と呼びました。
元は品川湊近くの港町で、東海道の宿駅として生まれ変わりましたが、飯盛旅籠が増えるにつれて、岡場所として大いに発展しました。
明治になって宿駅制度が廃止され、鉄道が開通すると、八ツ山橋によって駅から分断されたこともあって、宿場町としては衰退しました。それでも、北品川では貸座敷が盛況で、戦後に売春防止法で禁止されるまで営業を続けました。その後貸座敷が無くなると、その多くが社員寮やアパートに姿を変えましたが、この物語に登場する「朝日楼」もそのひとつです。