第一章 白い靴と白い犬

昭和35年の春だった。

チクタク♪チクタク♪チクタク♪

壁一面にかけられたたくさんの時計たちが、それぞれの時をきざんでいる。ほとんどがゼンマイ仕掛けの振り子で動く掛け時計だ。中にはふたつの重りで動く鳩時計もある。
ボクの家は時計屋で、壁にかかっている掛け時計は、みんな修理のために預かっているものだ。なにしろ掛け時計は時間の調整が難しいので、こうして預かって、しばらく様子を見なければならないんだ。
お客から預かった掛け時計は、いつも一階にある店の奥の部屋にかけていたけど、修理が増えてくると、この部屋の壁がいっぱいになってしまう。そんな時は廊下の壁にもかけるんだけど、それでも足りなくなると、二階に住むボクたち家族の部屋の壁までも、掛け時計でうまってしまうんだ。
そんなわが家だから、知らない人が来ると、掛け時計の多さにみんなビックリするんだ。この間家庭訪問に来た、担任の小杉先生だって、壁いっぱいの掛け時計を見て、目を白黒させていたよ。

それに、掛け時計の振り子の音がうるさいと思ったようで、これではボクが夜も眠れないじゃないかって、心配してくれたんだ。
でも、そんな心配はいらないよ。だって、ボクは生まれた時から振り子の音に囲まれて育ってきたんだ。だから、ボクにとってはこの騒音も子守歌みたいなもので、振り子の音がなかったら、静かすぎて不安になるくらいだよ。
ボクの家は旧東海道沿いの北品川商店街で「玉晶堂」という時計屋をやっている。でも、もちろん時計だけを売っているわけじゃないよ。他の時計屋と同じ様に、時計のほかにメガネと貴金属も扱っているんだ。
なんでこの三種類の商品を売っているかというと、お父さんの話では、時計屋というのはもともと質屋が始めた商売だからなんだって。なんでも、よく質に入る貴重品の代表格がこの三種だったそうだよ。
それが本当かどうかは知らないけれど、玉晶堂だって、もとは南馬場駅近くの質屋の店先を借りて商売を始めたんだ。それがうまくいって、この北品川に店を構えるようになったんだから、やっぱり質屋から始まったことには違いないね。
ところで、玉晶堂の一階は十五坪ほどの店の奥に四畳半の部屋と台所があって、この四畳半は住み込み店員の寝室兼作業所になっている。ボクら家族の部屋は、台所横のトイレの前にある階段を上った二階にあるけれど、食事はいつも、この四畳半に卓袱台を置いて、みんなで一緒にしているんだ。
その日は前の晩に寝付けなかったせいか、ボクはいつもより遅れて目をさました。前の日にお父さんが、新学期のお祝いに新しい運動靴を買ってくれたんだけど、その真新しい靴をはいて学校へ行くのがイヤで、なかなか眠れなかったんだ。
なぜイヤかって?ボクの住んでいる下町の子供たちは、なかなか新しい靴は買ってもらえないので、みんな使い古しの汚れた靴を履いている。だから、その中で真っ白な靴を履いていたら目立つに決まっているし、それがなんだか恥ずかしかったんだ。
ボクが二階から下りていくと、もうすでに住み込みの店員たちは起きていて、店の掃除を始めていた。
「イサオ君、寝坊だね」
店員のシゲオさんが店から顔をのぞかせた。シゲオさんはお母さんの甥だ。ほかにふたり店員がいるけれど、みんなお父さんとお母さんの親戚なんだ。
「うん」
ボクはそっけなくこたえると、卓袱台の上にあった朝食を口に流し込んだ。白米に生卵と味噌汁という、いつもの朝食だ。
「じゃあ、行ってきます!」
ボクは黒いランドセルを背負うと、買ったばかりの白い運動靴をはいて、店の横にある勝手口のドアを開いた。
旧街道を北にまっすぐ進んで台場交番の角を右に曲がり、台場横町の坂を下って、その先の品海橋を渡れば、学校はもう目の前だ。いつもなら、その道を行くところだけれど、その日のボクは違った。
真新しい運動靴を履いているので、その日は人目を避けるように裏道を行くことにした。
一つ目の路地を右に曲がり、裏の川沿いに北へ歩いて大正橋を渡り、猟師町の道を行くんだ。
大正橋は橋の真ん中が盛り上がった木製の太鼓橋で、普段から橋を渡る時、トントントン♪とまるで太鼓を叩くような音を立てるのが楽しかった。そこで、ボクは新しい運動靴でも試してみたが、どういうわけかズンズンズン♪と鈍い音がするだけで、ちょっと期待がはずれた。
猟師町はその名の通り、漁業を営む人たちが集まった町で、道の右手に並ぶ家々のすぐ裏には海が広がっていている。だから、北にまっすぐのびる道を歩いていると、ほのかに潮の香りが漂ってきた。道幅はそれほど広くなく、家々の軒下には家庭から出た下水を流すドブが通っていて、その上を板で覆ってあった。
しかし、猟師町の道に入ってすぐに、ボクはいやな予感がした。道の向こうの軒下に白い犬が見えたからだ。
あれはスピッツにちがいない。ボクはこの犬が嫌いだ。小さいくせに気が強く、近寄る者にはだれかれかまわずキャンキャンとうるさく吠える。しかも、相手が子供だと、牙をむいておどして来るし、それでこちらが逃げだすと、どこまでも追い回すんだ。
どうしよう?ここで引き返したら学校に遅れてしまう。
そう思ってよく見たら、首からヒモが垂れ下がっているじゃないか。ヒモでつながれているなら安心だ。

そこでボクは、思い切ってスピッツのいる所と反対側の軒下を通り過ぎることにした。できるだけ離れるように、ドブ板の上を音を立てないようにゆっくりと歩いて行った。
そして、ちょうどスピッツのいる場所のそばにさしかかった時、気がついた。なんと、犬の首から垂れているヒモの先がどこにもつながっていなかったんだ。きっとどこかで飼われていたのが、ヒモを噛みちぎって逃げたんだろう。
ボクは急に怖くなって、身動きできなくなった。足がふるえて、全然前に進めない。
すると突然、そいつが甲高い声で吠えながら、飛びかかってきたんだ。
「キャン!キャン!キャン!」
思わずボクは後ろへ飛び退いた。とたんに、バキッ!とドブ板が割れて、ドブに足がハマってしまった。幸いドブは浅かったので足は何ともなかったけれど、おかげで新品の靴はヘドロで真っ黒になってしまった。
すると、足に噛みつこうとしたスピッツがいきなり顔をひん曲げて、くるりと後ろを向いたんだ。きっとヘドロの臭いにビックリしたんだろう。さすがのスピッツも、しっぽを巻いてどこかに逃げて行ったよ。
スピッツはいなくなったけれど、買ったばかりの運動靴がすっかり汚れてしまった。こんなことなら裏道を来るんじゃなかった。後悔したけど、今さら悔やんでも仕方がない。
ボクは急いで家に帰ることにした。どこをどう走ったのか、記憶にないけれど、ともかく家に帰らなくちゃと思った。それで……気がついたら、もう店の前に来ていたんだ。
「あれ、イサオくん、どうしたの?」シゲオさんが不思議そうに尋ねた。
「あの、ドブにハマっちゃったんだ」ボクは半べそをかきながらこたえた。
「ああ、やっちゃったねぇ」足下をのぞき込んで、シゲオさんが笑った。
すぐに店の奥からお母さんがやってきて、ボクを勝手口に向かわせた。それから、汚れた靴を脱がせて足についたヘドロを水で洗い流すと、古い靴を取り出して、ボクに履かせた。
古い靴に履き替えると、ボクはなんだかホッとした。そして、気を取り直して、すぐに学校に出かけたんだ。
今度は古い靴を履いているので、もう人の目など気にならない。だから、いつもの道を走って行った。でも、もうだいぶ遅くなってしまったから、学校に遅刻するにちがいない。
まったく今日はなんて日なんだろう。せっかく新品の靴を買ってもらったのに、それがイヤで裏道を行って、よりによってスピッツに出くわしたおかげでドブにはまって、ヘドロで真っ黒になってしまったばかりか、学校に遅刻するなんて、ツイてないったら、ありゃしない。
台場交番の角を右に曲がって、台場横町の坂を下る頃になると、ボクの頭の中は、遅刻の言い訳でいっぱいになっていた。
スピッツのせいで遅れたなんて信じてもらえるだろうか?いや、もとはと言えば新品の靴のせいじゃないか?でも、それじゃなおさら信じてもらえないぞ…。
台場横町の坂を下った先の品海橋を渡ると、ボクの通っている台場小学校が見えてくる。元は〈御殿山下台場〉というお台場の敷地に3年前に建ったばかりの、新しい小学校だ。品川初の鉄筋コンクリート作りで、関東大震災が来ても大丈夫というのが自慢の校舎だ。
学校に着くと、もう朝の全校朝礼も終わっていて、すでに授業が始まっていた。こりゃ、かなりの遅刻だ。廊下に立たされるだけで済むだろうか?ボクは遅刻の罰を覚悟して、昇降口で上履きに履き替えると、恐る恐る教室に向かった。
曲がりくねった廊下を歩いていくと、その先の壁に〈3年5組〉の表札が下がっている。その表札の下にたどり着くと、ボクは入り口の引き戸を開けた。
ガラガラガラッ!
そっと開けたつもりなのに、思いのほか大きな音がした。
一瞬クラスのみんなの視線がボクに集まった。黒板に何か書いていた小杉先生も、ボクに気がついて、驚いたような顔をした。そして、てっきり怒られるかと思ったら、意外なことを言ったんだ。
「ああ、田守君の家は時計がいっぱいだったね」
そうだった。この間の家庭訪問でも、「これじゃ、どれが本当の時刻かわからないでしょうね」なんて、驚いていたっけ。
というわけで、先生は勝手に納得したようで、遅刻をとがめることもなく、廊下に立たされることもなかった。この時ばかりは、ボクは心底時計屋に生まれて良かったと思った。
ホッとして、席に向かったけれど、なにやら様子がおかしい。よく見ると、自分の机の隣の席に知らない女の子が座っているじゃないか!
「あっ、その子は今日転校してきた小原和子さんだよ」先生が言った。
「あの…」突然のことに、ボクは言葉を詰まらせた。まったく、今日はなんて日だろう。
すると、おかっぱ頭の女の子が頬を赤らませて微笑んだ。
「うふっ。よろしぐね」
思わずボクの胸は高鳴った。
チクタク♪チクタク♪

注)これは事実を元に脚色を加えた物語です。なるべく当時を再現するよう努めましたが、なにぶん昔のことですので記憶違いや思い込みもあるでしょうし、記憶も断片的ですので、時間や場所など事実と異なる点もあるかと思います。また、プライバシーを考慮して、登場人物や人名などはあえて変えてあります。
【お台場少年うんちく集】

(1)なぜ「猟師町」と書くのか?

海の近くにあって、魚を獲る漁師が住んでいる町だから「漁師町」と書くと思われがちですが、「猟師町」が正しいです。なぜ「漁師」でなく「猟師」と書くのかというと、昔の漁師は魚だけでなく獣も獲っていたからだそうです。
徳川家康が関東に入国した当初はまだ漁業が盛んでなかったため、関西から漁師を呼んで八か所の浦に住まわせ、それぞれ猟師町が作られました。そのうち品川には品川浦の「南品川猟師町」と大井御林浦の「御林猟師町」がありました。
大坂の陣後、家康を討つために豊臣方残党の本田九八郎一族も品川に移り住みましたが、結局目的を果たせず、その後漁師になって瀬戸内漁業の技術をこの地に広めたと伝えられています。

(2)スピッツって、どんな犬?

この物語に登場するのは日本スピッツで、当時家庭で最もよく飼われていた、白い中型犬です。黒い大きな目に、ピンと立った三角形の耳と、尖った口先が特徴で、1920年代にジャーマン・スピッツなど、いくつかの白いスピッツ系の犬を交配して作られたと言われています。
飼い主には従順ですが、警戒心が強く、神経質でキャンキャン吠えるうるさい犬という悪いイメージが広まると次第に飼われなくなり、現在ではほとんど見かけなくなりました。
悪印象の残る日本スピッツですが、今では性格改良されて、あまり吠えなくなったそうです。

(3)なぜ「お台場」と呼ぶのか?

お台場とは黒船から江戸を守るために造られた、大砲を置く「砲台場」のことですが、それが詰まって、一般的に「お台場」と呼ばれるようになったとか、幕府を敬う意味から「御」をつけて「御台場」と呼んだとか言われていますが、黒船から江戸の町を守る砲台場に敬意と畏敬の念を込めて「御台場」と呼んだと言うのが正しいと思われます。
ちなみに、品川区立台場小学校は、「御殿山下砲台場」のあった場所に建てられていますが、この台場だけ陸続きの場所にありました。「御殿山下砲台場」は五稜形をしていて154門の大砲が置かれていましたが、台場小学校を取り囲む道路の形に、現在もその名残があります。
また、校門の傍にある灯台は、もともとここにあったものではなく、第2台場にあった品川灯台のレプリカで、現物は愛知県の明治村に移築されています。

現在の台場小学校校門         品川灯台(レプリカ)  現在の品川区立台場小学校