第一章 湖の精霊

ここは人里はなれた山おくにある森です。森のまんなかに小高い丘があり、幹にポッカリあなのあいた老木がたっています。そしてそのあなに、フロムという、森でいちばんものしりのフクロウがすんでいました。
東の山にお日さまが顔をだすころ、木のまわりに鳥たちが集まってきました。

「フロムのおじさん。お話をきかせてよ」鳥たちがピーチク、パーチク声を合わせて呼びました。

すると、木のあなからフロムがねむそうな目をしてでてきました。 「ホウホウホウ、そんなに大声をだすなって。せっかくいい気持ちでねむれると思っていたのに、またわしの睡眠をじゃましおって」

「もう朝だよ。みんな目をさます時間なのに、なんでおじさんはいつもねむそうにしているの?」いちわの小鳥がききました。

「わしは朝がきたら寝るんだよ」

「朝がきたら寝るなんて、おかしいなあ」

「ちっともおかしくないぞ!わしがなぜねむいかというと、これにはふかーいわけがあるんだな」そういうと、フロムは鳥たちに、森のおくにある精霊の湖へいったときの話をはじめました。

1)湖の精霊

むかし、フロムがまだ若かったころのことです。森でふしぎなうわさがながれました。なんでも、北の山をこえた森のおくに湖があって、その湖には精霊がすんでいるというのです。そのすがたはまばゆいばかりの美しさで、世にもたえなる声で歌うのだというのです。

うわさを耳にして、フロムは思いました。

「精霊って、どんなすがたをしているんだろう?どんなに美しい声で歌うのだろう?」
そう思うと、気になって気になってしかたありません。なにしろフロムの鳴き声ときたら、「ホホホ~ウ!」と低くて暗い声で、おせじにもいい声とはいえません。むしろ、森の鳥たちからはきらわれていました。フロムの鳴き声を聞いて、気分が悪くなったとか、こどもがひきつけをおこしたなどと、苦情をうけるありさまです。そんなわけで、美しい声にはあこがれもありました。若いフロムのこうき心は、どんどんふくらむばかりです。そしてある日、ついにがまんができなくなって、フロムは精霊に会いにでかけたのでした。

北の山をこえ、そのさきにひろがる森をフロムは飛んでいきました。ところが、いけどもいけども湖は見つかりません。そのあいだにも、空高くのぼっていたお日さまは西にかたむいていきました。

とうとう日が沈み、夜がおとずれました。空には月もなく、森の中はまっ暗で、なにも見えません。おかげで、フロムは木の枝に頭をぶつけて、地上にころげおちるしまつです。これではとても飛ぶことはできません。しかたなしに、フロムは地面の上をなれない足どりでトボトボと歩きはじめました。

あたりを見まわすと、暗やみの中にギラギラと光る目がいくつもゆれています。

ときどき森のおくから「ワオォ~ン!」とおおかみの遠ぼえが聞こえてきます。

その声がするたびに、フロムはゾッとして、ぶるぶると体をふるわせるのでした。

どれほど森の中を歩いたでしょうか。ふいに森が開けて、フロムの目のまえに、うっすらとかがやく湖があらわれました。

「やったぞ!これがうわさの湖にちがいない!」

フロムがよろこんだのもつかのま、ふいに湖から歌声が聞こえてきました。

「ラ~ララ~ララ♪」

それは、この世のものとも思えない、美しい歌声でした。やはりうわさは本当だったんだ!フロムは喜びいさんで湖のほとりにかけよりました。

するととつぜん湖面が光りはじめ、水の中から人影がせりでてきました。いよいよ精霊の登場か?期待にむねをふくらませて、まちうけるフロムの前にあらわれたすがた。それをみて、フロムはビックリぎょうてんしてしまいました。

なんと、あらわれたのは、見るもおぞましい怪物だったのです。ぜんしん緑色のからだはトゲだらけで、顔には鼻がなく、大きなまるい目玉が10個もついています。その頭からは髪のかわりにたくさんのツタがのびていて、耳までさけた口からは、するどい白いキバが何本もつきでています。そして怪物は長い舌をヒラヒラさせながら、フロムにせまってきました。

フロムはにげようとしますが、あまりのおそろしさにこしがぬけて、その場にしゃがみこんでしまいました。すると、怪物の腕がビローンとのびてきて、フロムのからだを両手でガシッとつかみました。フロムはのがれようともがきますが、ものすごい力でしめあげられて、みうごきがとれません。

怪物が舌なめずりをしながら、かん高い声でいいました。

「ふふふ、美しい精霊と思ったら、こんな怪物でおどろいたか?わしはこの湖に住む妖怪ゴルゴンさまじゃ。美しい精霊のうわさをながしたら、こうもかんたんに獲物が寄りついてくるとはな……。まんまとワナにかかりおって、バカな鳥じゃのう」

ゴルゴンはフロムのからだを高々と持ちあげると、大きく開けた口の上にはこびました。

「ふふふ、まるまると太って、うまそうな鳥じゃな」

フロムは心臓がちぢみあがりました。そして、クチバシをガチガチさせながらも、ひっしにさけびました。

「ホホホ~ウ!ホホホ~ウ!」

するとどうでしょう。とつぜんゴルゴンがからだをよじらせて、くるしみはじめたではありませんか。

「ううぉお~っ!なんというみにくい声じゃ!頭がわれる~!」

ゴルゴンは思わず両手で耳をふさぎ、そのひょうしに、手にもったフロムをはなしてしまいました。すかさずフロムはゴルゴンの耳元に飛び、大声でさけびました。

「ホホホ~ウ!ホホホ~ウ!」

「うげぇえ~っ!」ゴルゴンがものものすごい声で、ひめいをあげました。

「ホホホ~ウ!ホホホ~ウ!」

フロムが鳴くたびに、ゴルゴンがみもだえして、くるしみます。そのうえ、全身がしびれて動けないでいるようです。これをみたフロムはおもしろがって、ゴルゴンの耳元で何度も鳴きました。

「ホホホ~ウ!ホホホ~ウ!」

「ホホホ~ウ!ホホホ~ウ!」

「うわ~っ!おた、おた、おたすけ~っ!」

さすがのゴルゴンもヘナヘナと地面の上にくずれおち、10個の目から滝のようになみだをながしながら、フロムにあやまりました。

「もう悪さはしませんから、ゆるしてください!」そういうとゴルゴンは、ふるえる手でなみだをぬぐいました。すると、手の上でなみだがかたまって、とうめいな玉になりました。

「おわびに、この玉をさしあげますじゃ」

「な、なんだ、この玉は?」

「『夜のなみだ』ですじゃ。この玉をのめば、夜でも昼間のように物がよく見えるようになりますじゃ」そういいのこすと、ゴルゴンはにげるように湖の中にきえさりました。

ゴルゴンがきえると、ふたたびあたりがまっ暗になりました。怪物をたいじしたというのに、暗やみの中にひとりのこされて、フロムはまた心細くなりました。そこで、ためしにフロムはゴルゴンからもらった『夜のなみだ』をのんでみました。

するとどうでしょう。なんと、夜中でも昼のように目が見えるようになったのです。おかげで、夜の森の中でも、枝にぶつかることなく飛べるようになりました。こうして、フロムはゴルゴンの湖から夜の森をぬけて、ぶじにわが家まで飛んで帰ることができたのでした。

それからというもの、フロムはどんな暗やみの中でも自由に飛びまわることができるようになりました。あれほどこわかった夜の森も、すこしもこわくなくなりました。

ところがぎゃくに、昼間ではまぶしすぎて、外に出られなくなってしまったのです。おかげで、フロムは夜おきて昼間にねむるようになったのでした。

「…そういうわけで、わしは朝が来るとねむくなるんだよ。だから、おやすみ♪ホホホ~ウ」

そういうと、フロムはあなの中にはいって目を閉じました。

【フロムの豆知識】

フクロウの網膜には光を感じる細胞がたくさん集まっているので、フクロウの目は人間の百倍の感度があります。さらに、フクロウの目は大きく、目の奥にはタペータムという光を集める鏡のような膜があるので、夜でも明るく見えるのです。また、この膜が光を反射するので、ネコのようにフクロウの目も光って見えます。