お台場少年

さく:田森庸介  え:勝川克志


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 第十章「黒い川」

 品川区には立会川と目黒川のふたつの川が流れている。立会川のことは知らないけれど、ボクの家のそばを流れる目黒川ときたら、臭くて真っ黒で、とっても汚れている。
 ボクなんか小さい頃は、見た目にも黒い川だから目黒川と呼ぶんだろう、と思っていたくらいだし、それに川が黒いのだって養殖海苔のせいじゃないかと疑っていた。なにしろ、品川の海では海苔の養殖が盛んで、〈浅草海苔〉と呼ばれるものもほとんどが、品川か大森で採れた養殖海苔を加工したものだったんだ。
 毎年12月になると、裏の猟師町では町の至る所で海苔の日干しが始まる。細かく刻んだ海苔を水と混ぜて、〈ノリス〉と呼ばれる簀の子に貼り付け、それを一枚一枚干し枠に並べて日干しするんだ。
 それがこの時期になると、日の当たる所ならどこでも、大正橋の手すりにも、干し枠を立てかけて干していた。
 猟師町は目黒川の河口に広がる砂州の上にある。だから、本当は洲崎町というんだ。 
      
 
品川の海岸は目黒川が運んできた砂が堆積して遠浅になっていて、それで海苔の養殖が盛んなのだけど、「品川」の地名も「砂川」から来ているらしい。

 昔は、その広大な砂洲に遮られて、目黒川はちょうどボクの家の裏手で北へ大きく蛇行して、品川浦の河口に向かって流れていた。おかげで大雨の時などは、よく川が氾濫したそうだ。そこで、大正時代から昭和の初期にかけて川底を深く掘り進み、まっすぐ海に注ぐように目黒川を改造したんだ。
 そのため、ボクの家の裏を流れていた旧目黒川は、まるで潟のように取り残されて、あまり水が流れなくなってしまった。だから、引き潮の時は川が干上がって、底が現れるようになったんだ。
 年が明けて学校が始まると、四号地に起きた異変のことが話題になった。なんと、品川火力発電所にもう1本煙突が増えたんだ。すぐに悪魔博士の世界征服の野望はまだ続いているという噂が子供たちの間に流れた。やっぱりこれも、ケン坊が流したんだろう。だけど、毎度のことであきられたのか、今回はそれほど広まらなかった。
 異変といえば、最近ワラシの様子がおかしいんだ。ボクは相変わらず、学校でワラシに声をかけることは、あまりなかったけれど、どういうワケか、ボクの行く先々にワラシが姿を現すようになった。気のせいかもしれないけれど、なんだか気味が悪かった。
 それで、弟にワラシのことを訊いてみたけれど、弟も最近はワラシと遊んでいないので、わからないそうだった。
 そして、それはおとといのことだった。その日は金曜日で、夕方からボクはホリさんと、クラさんの家の近くで遊んでいたんだ。
 クラさんは旧目黒川沿いの、大正橋と品川浦の間にある、小さな運送屋の二階に住んでいた。クラさんの家が運送屋なのかは知らないけれど、ボクとホリさんは、よくそこの駐車場で遊んでいた。
 特に、引き潮になると旧目黒川が干上がるので、そんな時は運送屋の駐車場から川底に下りて、10メートル程離れた向こう岸まで歩いて渡る、〈川底探検〉遊びをよくした。もちろん川底はヘドロだらけだったけれど、所々にある泥濘さえ避ければ、意外と簡単に渡ることができた。もちろんボクらは泥濘の場所を覚えていたけれど、その日の天候によって場所が変わることもあった。だから、それを見極めて渡れた時は、結構達成感があったんだ。
 その日も、〈川底探検〉遊びをしていると、駐車場にワラシがやって来た。朝日楼のスポーツ店で買ったのだろうか、真新しい赤い上下の体操着を着ている。そして、なにを思ったのかボクらの方に手を振ると、突然川底に降りてきた。
「危ないよ、ワラシ!」
 ボクが注意したけど、ワラシはそのまま川底を歩き始めた。それで、仕方なく教えたんだ。
「ボクらの足跡をたどってくれば大丈夫だよ」
 すると、ワラシは言われた通りに足跡をたどって来たけれど、何を急いでいるんだろうか、途中からヒョイヒョイと飛び跳ね始めたんだ。
 でも、川底は干上がっているとはいえ、ヘドロが残っていて、とても滑りやすいんだ。
「ダメだよ、そんなに急いじゃ!」
 ボクが叫んだけど、遅かった。ワラシが足を滑らせて転んだ。しかも運悪く、泥濘に尻餅をついてしまったんだ。
 よろけながら、ワラシは泥濘から出てきたけれど、両手はもちろん、運動靴も、赤い上下の体操着も、ヘドロで真っ黒に汚れてしまった。それに、ものすごく臭い。まるで海苔の佃煮が腐ったような、ひどい臭いだ。
 ボクらは慌てて、ワラシの腕をつかむと、鼻がひん曲がりそうな臭いを我慢しながら、なんとかワラシを駐車場まで引っ張り上げた。それから、駐車場にあった水道の蛇口から、ホースでワラシの体や衣服についたヘドロを洗い流したんだ。
 でも2月の寒い最中だから、日が照っているとはいえ、水を浴びたら冷たいに決まっている。それでもワラシはなにも言わずに、歯をガチガチさせながら、必死に我慢していた。
 それを見て、クラさんが家でお湯を沸かして持ってきた。バケツに入ったお湯をワラシにかけると、全身から湯気が立ちのぼり、あたり一面真っ白になった。
 もちろん全部じゃないけれど、おかげで、結構ヘドロが落ちた。まだ臭いは残っていたけど、ずいぶんマシになった。
 それから、クラさんが家にあった手ぬぐいをワラシに渡して、自分で拭かせると、ベンチに座らせて、駐車場でしばらく乾かさせた。
 ワラシを見ると、がっくり肩を落としてうつむいている。
「ワラシ、だいじょうぶ?」
 ボクが顔をのぞき込むと、ワラシは顔をクシャクシャにして泣いていた。でも、ボクの顔を見るなり泣きやんで、一瞬何か言いたげな顔をしたと思ったら、すぐにプイと横を向いて、いきなり逃げるように駆けだした。そして、振り返りもしないでそのまま走り去ってしまったんだ。
 あとに残されたボクらは、あっけにとられて、ただ顔を見合わすばかりだった。きっと恥ずかしくて、いたたまれなかったんだろうけど、ひとりで去って行くワラシの後ろ姿がさびしそうで、なんだか切なかった。
 クラさんの家からの帰り道、ボクはワラシのことが心配だった。やっぱり、水で洗ったままにしちゃ、まずかったかも?風邪でもひかなければ良いけれど…。
 そんなことを考えながら家に帰ってみて、驚いた。
 なんと、勝手口の前の路地で、新しい服に着替えたワラシがボクを待っていたんだ。
「あれっ、どうしたんだい?」
 ボクが聞くと、ワラシが俯きながら言い掛けた。
「あのね…」
 すると突然、ワラシの背後から声がした。
「おい、そんなところで何を突っ立ってるんだ?」
 見ると、ケン坊だった。白い杖を持ったお姉さんがケン坊の右肩を後ろからつかんでいる。
「あれっ、ケンちゃんこそ、お姉さんとどこへ行くんだい?」
 ボクが聞き返すと、ケン坊がぶっきらぼうに答えた。
「按摩の仕事があるんで、姉ちゃんをお客の家まで送って行くんだよ」
 あっ、そうか。お姉さんは按摩の仕事をしているのか。
 ボクがうなずいていると、ワラシが慌てて駆けだした。
「あっ、ワラシ、待って!」
 ボクが呼び止めたけど、ワラシはそのまま朝日楼に消えていった。
「わっ、あいつ、あのお化け屋敷に住んでるのか?」
 ケン坊が驚いたように声を上げると、すかさずお姉さんが注意した。
「ケン坊、そんなこと言うんじゃありませんよ!それは、子供が近づかないように、大人たちが言いふらしているだけなんだから」
「えっ、そうなの?」
 ボクが呆気にとられていると、ケン坊が怒鳴った。
「わかったら、早くそこをどけよ!」
「あっ、ごめん」ボクは小さく頷くと道をあけた。
 ケン坊はぶつぶつ言いながら、ボクの横を通り過ぎて行ったけど、すれ違いざま、お姉さんがボクに微笑みかけた。
 その顔を見て、ボクは思ったんだ。裏にある銀杏の樹の下に出る幽霊の正体はケン坊のお姉さんだったけれど、もしかしたら、荏川橋の畔の家にでるという按摩のお化けの正体もお姉さんじゃないかってね。
 その夜、ボクは寝ながら、ふとワラシのことを思い返した。クラさんの家でワラシの顔を覗き込んだ時も、家の前でボクが尋ねた時も、ワラシは何か言い掛けていた。ひょっとして、最近ボクの行く先々に姿を現すようになったのや、川底にいたボクを追いかけて来たのだって、ボクに何か伝えようとしていたのかもしれない。だとしたら…いったい、何を伝えたかったんだろうか?
 でも、いくら考えても何も思いつきそうもない。それで、ボクは明日学校でワラシに直接訊くことにした。
 ところが、次の日の土曜日に、ワラシは学校に来なかったんだ。なぜ学校を休んだのか気になったけれど、先生もなにも言わないし、仕方ないので月曜の朝まで待つことにした。
 そう決めたつもりだったけれど、待っている間も、何か言いたげなワラシの顔が浮かんで来て、気になって気になって仕方がない。その思いは次第に大きくなってきて、土曜の夜はなんとか我慢したけれど、日曜の朝になると、もう、いてもたってもいられなくなって来た。
 そこでその日の午後、とうとうボクは朝日楼に行くことにしたんだ。
 でも、朝日楼の玄関口まで来て、足が止まってしまった。前に入ったことがあるとはいえ、相変わらず暗くて不気味な玄関だ。まるでボクを飲み込もうと、大きく口を広げているように見えて、ボクの足は小刻みに震えた。
 その時、ふとケン坊のお姉さんが言ったことを思い出した。
「それは、子供が近づかないように、大人たちが言いふらしているだけなんだから…」
 そして、ボクはイマイくんのクリスマス会のことを思い出した。そうか、子供を貸座敷に近寄らせないために、大人たちが幽霊の噂を立てたんだ。
 途端に、ボクの恐怖心が消え去った。ボクを飲み込むように大きく広げた口も、ただの玄関に変わった。
 ボクはフゥッと息を吐くと、玄関をくぐりぬけた。そして、正面右の階段を上ると、曲がりくねった二階の廊下を進んで、ワラシの住む二○六号室に向かった。
 だけど、部屋の前まで来て、なんだか様子がおかしいことに気がついた。部屋の前にあった靴が置いてないんだ。
 留守かなとも考えたけれど、思い切って声をかけてみた。
「ワラシちゃん!」と、思わずまた言ってしまった。
 以前来た時は、中から変な笑い声がしてビックリしたっけ。でも、返事がない。
「小原和子ちゃん、いる?」
 そう、声をかけなおしたけれど、やっぱり中から返事はなかった。
 急にボクは不安で胸がいっぱいになった。そして、障子戸に手をかけると、夢中で開けたんだ。
 部屋の中を覗くと、畳が敷いてあるだけで、家具も布団もなにも無かった。人の住んでいた気配すら残っていなかった。ボクはなんだか狐に摘まれたような気がして、呆然とその場に立ち尽くしていた。
 ふいに、イマイくんのことが頭をよぎった。まさか、ワラシもどこかに引っ越ししちゃったのだろうか?もしかしたら、故郷の岩手に帰ってしまったのかも知れない。
 そうか、ボクに言い掛けて、言えないでいたことは、このことだったんだ。きっと、そうに違いない。何か言いたげなワラシの顔を思い出して、ボクはそう思った。
 次の日学校に行くと、やっぱりワラシは来なかった。それなのに、先生はワラシのことについて、何も言わなかった。もしかして、先生にも何も伝えていないんだろうか?
 それにしても、ボクに別れも告げないでいなくなるなんて、よほど急いでいたんだろう。もしかしたら、お父さんの転勤で引っ越すことが決まっていたけれど、最近になって急に転勤が早まったりしたのかも知れない。
 そう言えば、ワラシとは席がとなり同士なのに、今までほとんど話さなかった。もっと気軽に話せるようになっていれば、こんなことにはならなかっただろう。
 そうだよ。ワラシとは、もっと沢山、いろんなことを話したかった。それなのに、ボクときたら、変な噂に想像を膨らませ、怯えてばかりで、全然話そうとしなかったんだ。そう思うと、悔やんでも悔やみきれない。
「キャン!キャン!キャン!」 
 どこかでスピッツの鳴く声が聞こえて来たかと思うと、窓の外からほのかに海苔の香りが漂ってきた。となりの空席越しに外を見ると、町のあちこちで海苔の日干しをしていた。整然と並ぶ黒い海苔の列が目にも鮮やかで、まるでワラシの髪のようだった。
 ガラガラガラッ 
 突然大きな音を立てて、教室の扉が開いた。
「あっ!」ボクは思わず叫んだ。
 なんと、ワラシが立っているじゃないか。
「先生、遅刻してごめんなさい」ワラシが頭を下げた。
 すると、先生が意外なことを言った。
「あっ、君は昨日、引っ越しで大変だったろうね」
 そして、それっきり何も言わないで、授業を続けたんだ。
 ボクが呆気にとられていると、ワラシがとなりの席にやって来て、言った。
「部屋が狭くなったので、二○一号室に移ったのよ」
「えっ?」
 朝日楼の二○一号室といったら、ボクの家のちょうど真向かいの部屋だ。二階の窓を開けたら、目の前にあるのが二○一号室じゃないか。
「田守くんの家とあんまり部屋が近くなったので、言い出せなかったの…」
 そう言って、ワラシが顔を赤らめた。
「な、なんだ、そうだったのか」ボクはドギマギしながら言った。「じゃあ…よろしくね」
 そして、ボクの胸が新しい時を刻み始めたんだ。
 チクタク♪ チクタク♪

 

玉晶堂跡 寄木神社 寄木神社裏 荏川橋
現在は品川宿交流館本宿お休み処が建つ なぜか昼なお暗い神社 手前の道は目黒川の旧本流が流れていた この橋の畔の家に按摩のお化けが出たという


注)これは事実を元に脚色を加えた物語です。なるべく当時を再現するよう努めましたが、なにぶん昔のことですので記憶違いや思い込みもあるでしょうし、記憶も断片的ですので、時間や場所など事実と異なる点もあるかと思います。また、プライバシーを考慮して、登場人物や人名などはあえて変えてあります。
 【お台場少年うんちく集】

(24)浅草海苔は品川で作られていたって、ホント?

 ホントです。18世紀の初め、品川の猟師町の漁業者が、大量生産が可能な海苔の養殖方法を開発しました。品川で獲れた海苔は浅草の海苔問屋に運ばれ、「江戸名産浅草海苔」として売られて有名になり、それにより品川海苔の養殖方法も全国に広がりました。 
 このように盛んだった品川海苔の養殖ですが、昭和39年(1964)の東京オリンピックを前に(本文中にある〈川底探検〉をした)目黒川本流の河口が埋め立てられると、養殖場も猟師町からそれに向かう水路も失い、結局すべて消えて無くなりました。
 ちなみに、醤油で味付けされた細長いせんべいを海苔で巻いたあられを「品川巻き」といいます。また、マグロの巻きずしを「鉄火巻き」と呼ぶのも、品川の鉄火場(博打場)が発祥と言われています。


(25)なぜ、「品川」と呼ぶようになったの?

 品川の由来については、色々な説があります。品川を流れる目黒川が河口付近で大きくしなるように流れているから「しなり川」と呼ばれるようになったとか、河口付近がはっきりしないから「下無川」と呼ばれるようになったとか、河口付近は品物の交易が盛んな港であったからとか、高輪に対して風光明媚な品の良い土地柄から「品ヵ輪」と呼ばれたとか、鎧の縅(おどし)に使う「品革」を生産していたからとか、鎌倉時代から室町時代にかけてこの地を治めていたのが「品河」氏だったからとか、言われています。
 しかし、どの説もいまひとつ信憑性に欠けます。「品ヵ輪」など、とってつけたような説ですし、元暦元年(1184)に書かれた田代文書に品川の表記がすでにありますから「品河」氏説も違います。やはり、区誌「しながわ」(昭和28年5月30日発行)で紹介している「砂川(スナガワ)」が「品川(シナガワ)」になったとする説が案外正しいように思われます。


(26)昭和35年の物価はどうだったの?
 

  当時の物価はもちろん安かったですが、物によって意外とばらつきがあります。
豆腐 15円 コロッケ 10円 食パン 32円 白米(10kg) 870円 ラーメン 45円
とんかつ180円 カレーライス 110円 うな重 380円 もりそば 40円 コーヒー 80円入浴料 16円 映画館入場料 200円 理髪 160円 公務員初任給 12900円


【参考資料】
区誌「しながわ」東京都品川区教育会小、中学校社会科研究部編 昭和28年5月30日発行
「品川の今と昔」品川区教育委員会指導室 1970年刊行
「品川宿調査報告書(二)」(新旧宿並図)東京都品川区教育委員会 昭和52年3月発行
「セピア色の品川」[明治から平成へ]北品川二丁目町会「セピア色の品川」写真集実行委員会
「京急電鉄」明治・大正・昭和の歴史と沿線 宮田憲誠著 JTBパブリッシング 2015年10月1日発行
「品川区の歴史」品川区文化財研究会・文/東京にふる里をつくる会編 昭和54年3月23日発行
「江戸湾防備と品川御台場」品川区品川歴史館編 岩田書院 2014年3月発行
「東海道品川宿」 岩本素白随筆集 来嶋靖生編 ウェッジ文庫 2007年12月28日発行
「港区・品川区 古地図散歩」坂上正一著 フォト・パブリッシング 2020年4月5日発行
「しながわ物語」品川区政50周年記念誌 品川区企画部広報広聴課 1997年9月30日発行