お台場少年

さく:田森庸介  え:勝川克志


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 第八章「幻の馬」

 夏休みが終わって学校に行ってみると、教室の掲示板にガリ版刷りのお知らせが貼ってあった。見ると、四号地の池のことが書いてあった。
「いかだ遊びをするのは、危険ですからやめましょう」
 もう禁止されてしまった。きっとだれか池で溺れたんだろう。だけど、こうして次々と遊びを禁止されても、ボクらはきっと新しい遊びを見つけるに違いないんだ。
 すると、クラさんが興奮した様子で教室にやってきた。
「聞いたかい?」
「四号地の池で遊んじゃいけないんだろ」
 ボクがそう言うと、クラさんが頭を振った。
「違うよ。学校に泥棒が入ったんだよ」
「えっ!?
「理科室の窓ガラスを割って、中に侵入したらしいよ」
 それを聞いて、ボクたちはすぐさま窓の外を覗いた。
「あっ、ホントだ。警察の人が来ているぞ」
 見ると、理科室の窓の下で、制服姿の人が何かを調べていた。
 何を探しているんだろう?と思ったけれど、そのナゾはその日の午後に解けた。
 始業日なので、いつもより早くホリさんと一緒に下校して、台場横町の坂を上っていると、ホリさんがボクに言ったんだ。
「理科室からアルコールが盗まれたそうだよ」
「なんだアルコールだって?そんなもの盗んで、どうするつもりなのかな?」
 ボクがたずねると、ホリさんがニヤリと笑った。
「そりゃ、お酒でも作るんじゃないのかな」
「へえ、そんなことまでしてお酒を飲みたいなんて、大人って変だね」
 ボクが首を傾げると、ホリさんが思いだしたように言った。
「そういえば、今日警察の人が来て、理科室の窓の外で何かを調べていたのを見たかい?」
「うん、何をしていたのかな?」
「あれは、足跡を調べていたんだ。足跡に石膏を流して足形を採るんだけど、石膏は固まるのに時間がかかるので、最近はもっと早く固まる特別な石膏が使われているんだ」
「よく知っているねえ」
 ふいに横から声がしたので、驚いて声の主を見ると、台場交番のおまわりさんだった。ちょうど、ボクらが交番の近くを歩いていたので、ホリさんの話が聞こえたんだろう。
「うん、ホリさんは物知りなんだ…」
 そう言って、ボクがホリさんを指さそうとしたら、突然、今度は後ろの方から怒鳴り声が聞こえてきた。
「危ないぞ!」
(えっ、なにが危ないんだ?)
 不思議に思って、ボクが振り返った時だった。
 ドドドドドドッ!!っと、地響きをたてて、何か茶色い大きな物が、ボクのすぐ横を走り抜けて行ったんだ。
「な、何だ!?
 ボクが思わず声を上げると、ホリさんが叫んだ。
「牛だ!」
「えっ、牛だって?」
 見ると、確かに牛だった。でも、牛乳屋のポスターにある、白と黒のまだら模様の牛とは違って、全身茶色の毛で覆われていた。
 その牛は、台場交番の前を過ぎると、商店街をそのまま南へ行こうとしたけれども、あいにく停車中のトラックに行く手を遮られて、角を右へと曲がった。ところが、その先にもトラックが道を塞いでいたので、行き場を失ってしまった。
 すると、何を思ったのか、くるりと回って、角にあるパチンコ屋に飛び込んだんだ。
 すぐに、パチンコ屋からガシャーン!という音とともに、ものすごい悲鳴が聞こえて、店内から十人くらいのお客が飛び出してきた。みんな、あわてた様子で、中には靴も履いていない人もいた。
「危ないから、みんな下がって!」
 交番のおまわりさんが、周りの人たちに注意した。気がつくと何十人もの野次馬たちが集まってきている。
 そして、パチンコ屋を取り巻くようにみんなで固唾をのんで見守っていたけれど、いつまでたっても牛が出て来ない。
 しばらくして、おまわりさんが一人で店に近づくと、そっと中をのぞき込んだ。
 するとその時、みんなの後ろから大きな声が聞こえてきた。
「お〜い、待ってくれ!」
 何だと思って、声の方を振り向くと、手にロープを持ったおじさんがふたり、あわてた様子でやって来た。
 おじさんたちは、群衆をかき分けて進むと、おまわりさんに頭を下げて、店の中に入っていった。
 それから数分して、さっきのおじさんがロープを引っ張りながら店の中から出てきた。ロープの先はと見ると、大きなお尻が現れて、牛が後ずさりしながら外に出てきた。
 おじさんたちの話では、店に突っ込んだひょうしに、牛の体が狭い通路とイスに挟まれて、身動きできないでいたそうだ。
 そして、おじさんたちはパチンコ屋の店主にあやまると、首に縛ったロープを引っ張りながら、牛を連れてどこかに去って行った

 こうして、事件はあっけなく解決したんだけれど、ボクにはひとつ疑問が残った。いったいあの牛はどこから逃げてきたんだろう? ホリさんにたずねると、「品川駅の裏から、逃げて来たんだよ」と答えるだけで、それ以上なにも教えてくれなかった。どうも、いつものホリさんらしくないなと思ったけれど、きっと牧場でもあるんだろうなと、ボクは納得したんだ。
 それから、家に帰ってこの事件のことを話したけれど、意外なことにみんなあまり驚かないんだ。どうやら、以前にも同じ様なことがあったらしい。でも、牛がどこから逃げてきたのかをきくと、お父さんもお母さんもシゲオさんも、みんな口をそろえて「品川駅の裏」からとしか教えてくれなかった。
 それで、ボクは思ったんだ。よほど特別な牧場に違いないってね。高輪や赤坂も近いし、もしかしたら、高貴な人が飼っている牧場なのかもしれない。そう言えば、今まで一度も品川駅の裏口には行ったことがないけれど、品川駅の裏に牧場があるなんて全然知らなかった。だから、そんなに近くに牧場があるなら、一度行ってみたいなとボクは思ったんだ。
 そして、数週間が過ぎた頃。その日は学校で遠足があったけれど、前の日に食べた物に当たったせいか、ボクは朝から具合が悪かった。それで、お母さんが学校に連絡して、遠足をお休みすることにしたけれど、どういうわけか午前中に、ケロッと治っていた。
 急に朝から時間が空いてしまった。それで、ボクはちょうど良い機会だから、遠足の代わりに品川駅の裏へ行ってみることにしたんだ。
 品川駅の西口の前には第一京浜国道が通っていて、路上には路面電車の始発駅も並んでいたから、西口はいつも大変にぎわっていた。だけど、駅の東口に出てみると、駅前には倉庫や工場のような建物を取り囲むように長い塀があるだけで、ほとんど人気もなかった。
 海が近いというのに潮の香りもしないし、あたりには変な臭いが漂っている。もしかしたら、牧場の臭いだろうか?
 そうか、この塀の向こうに、きっと牧場があるに違いない。そう思って、ボクはあたりを探し回ってみた。だけど、いくら探しても牧場の入り口らしき門が見つからないんだ。
 それどころか、住所を調べてみると驚いたことに、いつの間にか港区にいる事に気が付いた。それでわかったことだけど、なんと品川駅は港区にあったんだ。
 そういえば、目黒駅も目黒区じゃなくて品川区にあったっけ。いったい何でこんなややこしいことになったのかは知らないけれど、とにかくボクの頭は混乱してしまった。探している牧場も、てっきり品川区にあると思っていたけど、本当は港区にあるのだろうか?急に探す自信がなくなって、あきらめようと思い始めた頃だった。 海岸道路を歩いていると、どこからともなく、「モー、モー」と牛の鳴く声が聞こえてきたんだ。
 それで、声のする方を振り向くと、ボクのそばを幌のついたトラックが通り過ぎて行った。
 きっと牛を運んでいるトラックに違いない。
 ぼくは急いで、トラックの後を追った。トラックの速さに追いつけるはずもないけど、とにかく走って追いかけた。
 すると、トラックがとある門から中に入って行ったんだ。
 門の看板を見てみると、「芝浦屠場」と書いてあった。難しい漢字なので読めなかったけど、きっと「芝浦牧場」のことだろうと、ボクは勝手に思った。
 でも、門の外から中を覗いてみたけれど、どこにも牧場らしい柵も牛舎もないんだ。塀越しに見える建物はそれほど高くなく、倉庫か工場にしか見えない。それに、かなりの長さがあって、その長方形の建物がいくつか並んで建っていた。もしかしたら近代的な牛舎なのかもしれないとも思ったけれど、あまりに大きすぎるし、いったい何の建物だろう?
 その謎を解くために、ボクは長いコンクリートの塀に沿って歩き、周りを調べてみた。広くて車の通行も激しい海岸道路から、ぐるっと回ると、もうひとつ門があった。こちらの方が駅に近いし、きっと正門だろうけど、こっちは門番がいたので、中をあまり覗けなかった。
 正門を過ぎてさらに進むと、長い裏道があった。レールがたくさん並ぶ国鉄の敷地の金網と左側の長い塀に挟まれた狭い道には、ほとんど車も通らず、昼間なのに通行人もいない。まるで、ボクだけこの街に取り残されたような気になった。
 ようやく塀の角を曲がって正門のちょうど反対側に来ると、広い空き地があって、車がたくさん駐車していた。しかもよく見ると、このあたりの塀は古いままらしく、ボロボロで、上の方が崩れているところもあった。
 そして、その崩れた塀の下になぜか木箱が置いてあった。誰が置いたかは知らないけれど、この箱を踏み台にすれば、子供のボクでも塀の向こうを覗くことができそうだ。
 そこでボクは迷わず、箱の上に登ってみたんだ。
 案の定、塀越しに敷地の中を覗くことが出来た。ちょうど目の前に、建物の出入り口が見える。
 すると、そこに幌をかぶった、さっきのとは別のトラックが横付けされた。そして間もなく、入り口の扉が開かれ、中からおじさんたちが次々と何か大きな塊を担いで出て来た。
 最初、ボクはそれが何かわからなかった。でも、その塊から四本の骨が飛び出しているのを見て、さっき見たトラックに運ばれていた牛たちのことを思い出した。それで気が付いたんだ。もしかしたら、肉の塊かも?いやきっと、牛の肉に違いないと。
 そうだ。ここは牧場なんかじゃないんだ。牛たちの命を奪って食用の肉に加工する所だったんだ。だから、あの牛は必死になって逃げ出したんだ。
 そう思うと悲しくなった。なんで命を食べなきゃならないんだろうか?でも、ボクは朝から何も食べていなく、気持ちとは裏腹に、ボクのお腹はグ〜♪グ〜♪と鳴るのだ。…なので、それも仕方がないかなと思った。そして、不思議に思ったんだ。
 ボクは今まで、こんなに大きな肉の塊を見たことがなかった。それに、だいたい牛の肉なんて、ほとんど食べたこともなかったんだ。
 ボクら子供が食べさせてもらえる肉といったら、ほとんどが魚か鯨の肉だった。豚肉だって、せいぜいカレーに入っている細切れの肉で、肉の塊を食べさせてもらったことなんか無かったし、鶏肉だって、たまにお父さんがおみやげで買ってくる焼き鳥だけだった。 それが牛肉となると高価なので、ごくたまに佃煮か大和煮の缶詰を食べさせてもらったくらいで、それも本当の牛肉かも怪しい物だった。
 そんなわけだから、その塊が牛の肉だとわかったこと以上に、その大きさにボクは驚いたんだ。いったいだれが食べるんだろうか? 品川駅の裏からの帰り道、ボクはずっと考えていた。ボクたち子供は食べたこともないのに、牛たちが牛肉に加工されているのはなぜだろうか?きっと大人たちが子供たちに隠れて食べているに違いない。そう考えると、大人はヒドイなとか、ズルイなとも思った。 でも、やっぱりボクはお腹が減っていて、ボクのお腹は相変わらずグ〜♪グ〜♪と鳴り続けている。その間も、あのトラックから聞こえてきた牛の鳴き声が頭の中に響いて、なんとも切ない気持ちになった。
 そんな複雑な気持ちで、北品川商店街を家に向かって歩いていると、後ろから「キャン!キャン!」と犬の鳴き声が聞こえてきた。きっとまた、あの嫌なスピッツだ。
 そう思って振り向くと、意外なことに、黒くて大きな動物がこちらに向かって走って来るじゃないか。
 夢では?と目をこすって、よく見ると、それは黒い馬だった。道にいた人たちも、みんな呆然と立ち尽くしている。こんな所に馬がいることが、信じられないようだった。
「ヒヒ〜ン!」といなないて、馬がボクの横を通り過ぎて行った。
 その時、ボクは見たんだ。首に巻かれたロープをたなびかせて、必死に逃げる、悲しそうな馬の目を。
 ふいに、品川駅の裏から逃げ出した牛のことを思い出した。もしかしたらこの馬もあそこから逃げてきたんじゃないだろうか?同時に、馬の肉なんて、いったい誰が食べるんだろうか、とも思った。 すると、その後を追いかけて、白いスピッツが甲高い声で鳴きながら、過ぎていった。いつもなら、嫌いな鳴き声だけど、なぜか「逃げろ、逃げろ!」と追い立てているように聞こえた。
 その鳴き声につられてボクも後を追いかけた。品川劇場の前を過ぎ、玉晶堂の前にさしかかると、店からシゲオさんが顔を出して、何か呼びかけてきた。でも、ボクは聞こえないそぶりで、そのまま店の前を通り過ぎた。

 前を見ると、馬はすでに品川橋を渡り、南品川の商店街に入るところだった。でも、停車中の車に行く手を遮られると、急に右へ方向を変えて、川沿いの道を上流に向かって走り始めた。その先には、遙か遠くに富士山が見える。まるで、富士のすそ野に向かっているようだった。
 思わずボクは逃げ延びるように祈った。そして、なんだか悲しくなってきた。涙があふれて、富士山に向かって走る馬の後ろ姿が、幻のようにかすんで見えた。

注)これは事実を元に脚色を加えた物語です。なるべく当時を再現するよう努めましたが、なにぶん昔のことですので記憶違いや思い込みもあるでしょうし、記憶も断片的ですので、時間や場所など事実と異なる点もあるかと思います。また、プライバシーを考慮して、登場人物や人名などはあえて変えてあります。

 【お台場少年うんちく集】

(19)品川駅は、なぜ港区にあるの?

 日本で最初に鉄道が運行したのは1872年(明治5年)9月12日(グレゴリオ暦では10月14日)の新橋ー横浜間と言われていますが、実際はその前の6月5日(グレゴリオ暦では7月10日)に品川駅が仮開業しています。その時、なぜか品川駅は品川宿から離れた現在の場所に開設されました。その理由として、品川宿住民の反対運動があったからと、まことしやかに言われていますが、どの文献にも、そのような記録は残っていません。
 本当のところは用地買収が面倒だったからで、立地的にも位置的にも現在の場所の方が便利だったからだと思われます。では、なぜ港区なのに「品川駅」と称したかと言うと、品川駅開設計画を立てた当時、武蔵野、東京23区を含んだ横浜あたり一帯が1869年(明治2年)から1871年(明治4年)の間「品川県」だったからです。つまり、「品川県」に開設する予定だったので、そのまま「品川駅」となったワケです。
 ちなみに、目黒駅が品川区にあるのも、目黒村地元農家の反対運動によって移転したといわれていますが、こちらもそのような記録はなく、単純に大崎駅から渋谷駅に向かう最短コース上に開設しただけのようです。


(20)屠畜場って、なに?

 屠畜場は牛や豚や馬などの家畜を殺して、解体し、食肉に加工する施設のことです。
「芝浦屠場」(現東京食肉市場)がなぜ品川駅東口にあるかというと、広大な埋め立て空き地があり、近くに品川貨車操車場もあって、貨車で運ばれた家畜を搬入するのに便利だったからです。
「芝浦屠場」は東京最大の屠畜場で、1938年(昭和13年)に「東京市営芝浦屠場」として開設されました。それまで、東京各地に屠畜場がありましたが、住民の反対運動が盛んだったこともあり、「東京市営芝浦屠場」が開設されると、それらの殆どがここに順次移転統合されていきました。
 ちなみに、作中、裏の塀から中を覗く場面がありますが、実際は塀を乗り越えて中に入り、勝手に解体作業を見学して、正門から出ていきました。当時は自由に中を見学できたようです。


(21)逃亡した牛がパチンコ屋に乱入したって、ホント?

 当時、屠畜場に搬入する際に牛や馬などが時々逃亡して、北品川の街を騒がせました。パチンコ屋に牛が乱入した事件も実際にあったことで、そのパチンコ屋は同級生の店でした。また、作中逃亡してきた馬ですが、屠畜場からでなく、大井競馬場から逃げ出した可能性もあります。
 ちなみに逃亡と言えば、北野武が初監督した「その男、狂暴につき」(1989)という映画で、潜伏先のアパートから逃げた容疑者をビートたけしが車で追いかけまわすシーンがありますが、北品川の街中を縦横無尽に走り回っているので、1989年当時の街並みを見ることができます。