11月2日「霧に咽ぶ夜!」
 
 濃霧の成田上空を旋回する飛行機の群れを後にし、機は一路羽田へと向かう。窓から下を見下ろすと、低い雲も次第に消えてきた。羽田の方は天候も良いようだ。これなら行ける。羽田になって、かえって帰りが楽賃になったぞ。なんて喜んでいると、隣の古川タクさんがポツリと言った。「着陸しても、簡単には降ろしてもらえないと思うよ。」
 
 飛行機はまもなく羽田に無事着陸したが、タクさんの言う通り、我々は飛行機の中で待たされることとなった。機長の話では、成田の天候が良くなるまでここで待機するそうだ。ゲゲッ!また成田に戻るのかい?仕方ないので麻雀ゲームで時間を潰す。ふむふむ、それにしてもコンピュータ相手では今一つ歯ごたえがないなぁ。するとタクさんが言った。「そろそろ成田に向かうのを諦めて、羽田に降ろすかもしれないよ。でもこの時間じゃ税関の職員の準備が出来ていないから、入国審査のところでまた待たされるだろうね。」
 
 しばらくして機長からの連絡があった。成田の天候が良くならないので、羽田で乗客を降ろすことに決めたそうだ。タラップが用意され、乗客全員飛行機から降りる。どうやら飛行場の端っこに降ろされたようで、周りには何の建物も見えない。まるでハイジャックされた飛行機の乗客みたいにシャトルバスに乗せられ、国際線ターミナルに向かう。ターミナルに到着してから、まず税関検査場まで長蛇の列が並ぶ。その後手荷物受取場を抜けて、入国審査を受ける。その間1時間半!これでやっと帰れると思ったら、タクさんがまた言った。「もう帰りのバスも電車も無いし、これからが大変だね。」タクさんの予言はこれまで全て的中しているので、また不安になる。
 
 羽田飛行場は騒音の問題もあって、早めに営業を終了する。当然そこへの交通機関も早めに無くなってしまう。入国審査を抜けた時は既に12時を過ぎてしまって、帰りの足が無くなっている。残るはタクシーのみ。そこでヒサさんと香月さん達がJALの人と掛け合ってタクシー券をゲットしてくれた。しかし、使えるタクシーはでんでん虫の個人タクシーに限られている。とにかくタクシー乗り場でタクシーを待ってみる。
 
 ところが、待てど暮らせどお目当てのタクシーが来ない。どうなっているんだと思ったら、どうやらJALの連絡不行き届きで、タクシー会社に連絡が行っていないらしい。タクシー乗り場の係りの人の話では、こんなことはしょっちゅうなのだそうだ。寒い夜更けにタクシー乗り場で長時間待たされて、さすがの大人しい乗客達も次第に殺気立ってきた。どうも日本の企業はこういう非常事態に対する対応がいつも後手に廻る。危機よりも責任を回避しようという体質が企業全体に染みついているからだ。なんて事を考えていたら、ようやくタクシーがゾロゾロとやって来た。
 
 さあこれでようやくタクシーに乗れると思ったら、どういうワケかどのタクシーも客を乗せようとしない。何故かと思ったら、普通タクシーは特定の客が呼ぶもので、呼ばれたタクシーはその客しか乗せないことになっているからだそうだ。つまり、航空会社が会社の名前でタクシーを呼んだ場合、それぞれのタクシーは会社がその客のために呼んだのかちゃんと確認してから乗せなければならないのだ。う〜む、ややこしいけれど、タクシーの方も信用を守らなければならないので仕方ない。
 
 まぁそんなわけで色々あったけれど、なんとかタクシーに乗れた。取り敢えず家まで楽賃で帰るので有り難い。荷物も空港から送ることもなく家まで運ぶことが出来た。しかし、家に着いた時は既に午前3時近くになっていた。なな何と、空港に着陸してから5時間以上経過している!結局韓国から自宅に帰るまでに9時間も掛かってしまった。
 
 後でヒサさんに聞いた話では、成田に自家用車を置いていた乗客も結構いたようで、ヒサさんの乗ったタクシーもお客を成田まで運んで戻って来たらしい。それで羽田に戻って来たら、まだタクシーを待つ客が並んでいたので驚いていたそうだ。しかも成田空港に行ってみたら、濃霧の中を次々と旅客機が着陸していたと言うんだから恐れ入る。結局羽田に緊急着陸したのは、韓国から来たJALとANAの2機だけだったらしいが、こりゃ一体どうした事なのだろう?操縦士の腕の違いかどうかは知らないけれど、真相はまさに霧に包まれたままだ。